決断社史

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決断社史 - 事例集

今後、数百事例をUploadします。膨大な事例の中に、皆様のお仕事のご参考になるケース、もしくは共感できるケースがあるかと思いますので、宝探しのつもりでご活用ください。

凡例:決断者 ライフサイクル 第三者評価 索引タグ


経営者の決断 松菱 一気通貫

2019年6月24日(事例no.10)[8000字]

[非上場]松菱

名門地方百貨店の悲劇〜再起

1936年に谷政二郎(43歳)は浜松市街地に百貨店"松菱"を開業することを決意。地方百貨店・丸物の社員という安定したキャリアを投げ捨てて、1937年に浜松鍛冶町に松菱を開業した。松菱の進出にあたっては、地元業者からの強い反発があったが、谷は松菱の株式の一部を浜松の地元業者に与えることで利害関係を一致させた上で、浜松進出を果たす。

栄枯盛衰 企業倒産 繁華街の移動


経営者の決断 成熟期 創業期 成功は絶望的

2019年6月23日(事例no.9)[1.1万字]

[8251]パルコ

渋谷の街を再興したのは元教師のアウトサイダー"増田通二"

パルコは積極的な広告宣伝投資により若者の集客を目論むが、ヤングマーケットの中心は池袋ではなく、渋谷と原宿であった。そこで、1973年にパルコは渋谷進出を決断。店舗の立地は渋谷駅から数百メートル離れた場所で、小売業としての成功は「絶望的」と揶揄された場所であったが、パルコは"まちづくり"によって悪い立地条件を克服する。

業態転換 経営再建 再開発-渋谷


経営者の決断 成熟期 百貨店の神様

2019年6月20日(事例no.8)[1.3万字]

[8232]東急百貨店

"百貨店の神様"は渋谷の街を再興できるのか?

1934年に東急電鉄は百貨店事業に参入するために、渋谷駅直結のターミナル百貨店(東急百貨店)を開業した。当時、東京の百貨店は銀座や日本橋などの中央区に立地していたが、東急はターミナル百貨店という市場を東京で初めて開拓した。終戦後の1950年代に東急百貨店(渋谷駅本店)は増床を重ね、1坪当たり売上高で新宿伊勢丹や日本橋三越を凌駕して東京No.1に躍り出るなど、ターミナル百貨店の躍進に注目が集まった。

再開発-渋谷 プロ経営者 経営再建


経営者の決断 成熟期 セメント世界シェアNo.1 名門の悲劇

2019年6月14日(事例no.7)[1.1万字]

[5223]小野田セメント

日本で初めて事務にコンピューターを導入した大企業

小野田セメントは戦前に朝鮮半島と中国大陸におけるセメントの現地生産で業容を拡大した。日本国内(内地)は浅野セメントのシェアが高く、価格競争も厳しかったため、小野田セメントは内地事業の赤字を外地の利益で補填していた。このため、当時の新聞は小野田セメントについて「大陸経営に最も積極的にして、然も最も成功せる」と評価した。

合理化 コンピューター 無配転落 企業消滅


投資家の決断 ノーリツ鋼機 衰退期 社内の抵抗

2019年6月11日(事例no.6)

グローバルニッチメーカーから"投資会社"への業態転換

ノーリツ鋼機の祖業は写真を現像するための業務用機械である。創業者の西本貫一は戦前から和歌山県で写真店を営んでいたが、写真の現像工程の自動化(=能率化)のポテンシャルに着目してノーリツ鋼機を設立。写真現像機の開発に本格的に乗り出した。

クーデター 業態転換 企業買収 創業家


従業員の決断 セーレン 成熟期 入社1年目で左遷

2019年6月10日(事例no.5)

名門企業を窮地から救ったのは新卒入社1年目に左遷された男

高度経済成長期の北陸は日本有数の合成繊維産地であった。1950年代に日本でナイロンやポリエステルといった新しい繊維が普及すると、これらの原糸を大手繊維メーカー(川上)から買い付けて川中工程の染色加工を施すセーレン(福井本社)は急成長を遂げた。セーレンは、加工した繊維を商社を通じて北陸各地に存在する織物会社(川下)に販売する委託加工ビジネスの独占的企業で、合繊業界の川中部分を担っていた。

社内新規事業 新製品開発 業態転換 一流企業 衰退産業


経営者の決断 ノーリツ 創業期 能率教

2019年6月6日(事例no.4)

銭湯業界を破壊した海軍出身の20代の起業家

20代起業家 倒産再起 クーデター 新製品開発 破壊的革新


経営者の決断 ピジョン 創業期 オッパイ社長

2019年6月3日(事例no.3)

ボロ会社を立て直すため、数百人の成人女性の乳首を吸って哺乳器を開発した男

新製品開発 高シェア長期維持 クーデター シベリア抑留


経営者の決断 森ビル 成長期 インベーダー森ビル 世界一の富豪

2019年6月2日(事例no.2)

元経営学者、約20年の忍耐を経て'世界一の富豪"となる

大規模再開発 先駆的事例 関係者説得 大勝負 経営学者


経営者の決断 赤井電機 成長期 成熟期 名門企業の悲劇

2019年6月1日(事例no.1)

ボーナス日本一、高収益、グローバル展開で一世を風靡したが、2001年に民事再生法を申請

新製品開発 スカウト 能力給 社長急逝 民事再生法


業界古地図

歴史上の決断をより深く・立体的に理解するために時代背景を描いたコンテンツです。ただいま構想中。

上記イラストは、1950年代の丸の内土地所有者を示したもの。赤色:三菱地所が所有する土地

イラスト:筆者が作成


Who?

自画像(7歳)

元投資ファンド勤務。アラサー。

このwebサイトを1人で制作しています。楽しいので止められません!

小学校低学年の私 - 時刻表を読む

私の原点は5歳の時に読み始めたJR時刻表にあります。小学生の頃は「暇すぎて時間を持て余していた」ので、時間つぶしに家の本棚に置かれた時刻表を読むことが唯一の楽しみでした。毎月の楽しみは、時刻表の全ページを眺めて、どの項目が変化したかのチェック。何度も何度も読み返しており、特に、毎年3月は特別で、同時期に行われる大規模なダイヤ改正の度に「あ!あの特急の行き先が期間限定で(高松から松山)に変わった!。すごい!」と感動していました。

ですが、そのうちに単に時刻表を読むだけでは物足りず、全国の路線図を模写したり、空想で臨時列車を走らせたり(時刻表に書き込む)、果ては空想の鉄道路線の時刻表を自作するなど、時刻表を核に興味関心が形成されていきます。私の視力が落ちた原因は、小学生の頃に親に止められるのを無視して時刻表を書きすぎたからです。その頃の私にとっては、視力よりも時刻表が大事でした。夏休みの宿題の読書感想文を時刻表で書こうとした時、「時刻表は本ではない!」と学校の先生から言われて、ショックを受けたのもこの頃です。

中学生になると、時刻表を片手に電車の写真撮影に凝るようになりました。2000年前後は名鉄7000系全盛期で、被写体には事欠かず、名鉄電車撮影が鉄道ファンの間で盛り上がった黄金時代に巡り合ったことが幸運だったのです。ちなみに、パノラマカーなどの希少列車の撮影には、全列車の運用研究が必須で、名鉄電車時刻表と、名鉄系の個人サイトを参照しつつ、目当ての列車の運用を推測することが楽しくて仕方ありませんでした。

写真:7000系パノラマカー。知多武豊〜富貴にて筆者撮影


  • 名鉄パノラマカー・編成数の推移
  • 単位:編成数

    出所:「パノラマカー栄光の半世紀」を参考に筆者作成

    鉄道ジャーナル(1999)

    1961年に初めて7000系が登場して、すでに38年になる。デビュー当時は斬新なデザインから名古屋鉄道のシンボルカーの地位を築いたが、経年劣化やその間の輸送形態の変化、後進の新系列の登場などから、現代にマッチする車両としてはきびしい状況下に追い込まれてきたことは否めない。しかし、名古屋鉄道の代表車両といえば、現代でもパノラマカーと答える人が数多いことも事実である。

    ...(中略)...車両数が減少し本線の優等列車からは退いたとはいえ、大いなる存在をアピールし続けてきたパノラマカーは、おいそれとは消えないだろう。いずれ全廃の日を迎えても、名古屋鉄道のパノラマカーを利用していた人々、観光で乗車した人たちの記憶の中で永遠に生き残ってゆく。すでに消え去った他の鉄道における代表的な名車のように。

    1999/9鉄道ジャーナル「パノラマカーに乾杯・名古屋鉄道とともに歩んだ38年を称える」


    個人的に名鉄電車で好きだった車両は5500系(5515F、5517F、5513F)で、碧南〜弥富の直通急行が5500系の重連(SR2+SR2)で運行される日は最高の一言で、必ず撮影に出向きました。重連の確率は非常に低く、SR2のうち5300系が5編成、5500系が3編成の運用だったため、SR2+SR2が5500系の重連になる確率は10.7%でした。5500系の希少価値が高いため、重連の日は、気合を入れて撮影に出向いたものです。

    今思えば、良き時代でした。

    写真:筆者のお気に入り列車は5513Fによる碧南急行。中京競馬場前〜有松にて筆者撮影


  • 名鉄5500系 - 編成数の推移
  • 単位:編成数

    出所:筆者作成


    お知らせ

    2019年6月1日に"The社史"をアップデートする形で"決断社史"を新設いたしました。

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